紅茶とハーブティーを販売している、linkteaのwebマガジンです。
今でこそ気軽に飲んでいる紅茶ですが、昔は貴族などの上流階級者しか飲めない嗜好品として定着していた時代もあります。
また、紅茶を生産している国はたくさんありますが、ルーツはある一つの国にあったとも考えられています。
今回は諸説ある紅茶の起源について深く考え、発祥の地や国内外で受け継がれている紅茶の歴史などをご紹介します。
日本での紅茶の歴史もご紹介します。紅茶の起源を知ってから飲むことで、また違った味わいになるかもしれません。
Contents
そもそも「紅茶の起源」は?
紅茶の起源は、中国雲南省〜チベットやミャンマーの山岳地にかけて自生していた「ツバキ科の常緑樹」によってもたらされていると考えられています。
お茶は中国で「不老長寿の霊薬」として取り入れられるだけではなく、薬のない時代には薬草として処方されることもあったそうです。
その名残が「漢方」として現代にも足跡を残していますが、中国では6世紀以降、薬草としてではなく「日常的な飲み物」として普及したと言われています。
中国からヨーロッパへ
中国で一般化したお茶は、海上貿易が盛んになる17世紀頃になると、ヨーロッパへ輸入され始めました。
当時はまだ紅茶ではなく「緑茶」としてヨーロッパへ持ち込まれましたが、よりヨーロッパ人の口に合うように発酵を進めた結果、現在の紅茶が誕生したと考えられています。
また、ヨーロッパでは各国によって様々な紅茶の楽しみ方が見られるのが特徴的。
イギリスでは紅茶に砂糖とミルクをたっぷり入れた「ミルクティー」が一般的であるのに対して、オランダやフランスではハーブをブレンドした「フレーバードティー」が好まれる傾向があるなど、独自の飲み方を知るのも面白いですよね。
参考:
https://www.tea-a.gr.jp/knowledge/tea_history/#:~:text=%E7%B4%85%E8%8C%B6%E3%81%AE%E6%A8%B9%E3%81%AF%E3%80%81%E7%B4%85%E8%8C%B6,%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82&text=%E6%B5%B7%E4%B8%8A%E8%B2%BF%E6%98%93%E3%81%A7%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AB,%E3%81%8A%E8%8C%B6%E3%81%AF%E7%B7%91%E8%8C%B6%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82
紅茶発祥の地はどこ?
紅茶の発祥といえば、中国と答えるのがいいのか、それともヨーロッパと答えるべきなのか、人それぞれに解釈は異なるでしょう。
なぜなら、初めに紅茶の樹となる植物が発見されたのは中国近辺ですが、発酵させて現在のような紅茶に仕上げたのはヨーロッパであると伝えられているから。
中国の歴史
中国での茶の歴史は非常に古く、残されている資料では「紀元前2737年に中国・神農皇帝(伝説上の神)により、茶葉の利用が発見された」という伝説があります。
紀元前2737年といえば、2020年時点から数えると約4700年前のこと。そんな太古の時代からお茶が存在していたとは、とても神秘的ですよね。
中国では植物を用いた漢方医療にも力を入れていることから、中国周辺には樹木や草花が豊富に自生していたことが想像できます。
また、紀元前59年(今から約2000年前)に書かれた「僮約(奴隷との契約文)」には、茶の記録が記されていたことを考えると、世界の中で最も早くお茶を飲み始めたのは中国だと考えられます。
日本での歴史
中国では紀元前から、ヨーロッパでは17世紀頃からお茶が飲まれるようになりましたが、日本ではどうでしょうか?
日本に初めて紅茶が伝わったのは明治20年(1887年)。当時の日本はヨーロッパ文化に強い憧れを抱いていたことから、イギリスから輸入品として広がりました。
ちなみに、日本に紅茶が持ち込まれたのは明治20年ですが、実はそれよりも前に遣唐使によって中国から「お茶」が持ち帰られています。
日本独自の楽しみ方として「茶道」が普及し、多くの茶人が誕生している日本です。
発祥の地は「中国」が一般的
現在の紅茶は「完全発酵茶」であり、このような仕上がりに手を加えたのはヨーロッパの人々だと言われています。
しかし、お茶の樹は中国周辺で自生していたことや、中国の人々が何千年も前からお茶を飲んでいたことなどを考え、紅茶の発祥地は中国だと考える人が多い傾向にあります。
紅茶に関する海外の歴史
紅茶が世界中に広がったのは、ただ単に紅茶が美味しかったというだけではありません。
そこには国と国との争いや政治的観点も含まれ、紅茶の発展につながっています。
ここでは、海外の紅茶に関する歴史をピックアップ!世界の紅茶事情を少しだけ覗いてみましょう。
イギリス
イギリスに紅茶が持ち込まれたのは、1662年に行なわれたポルトガルの女王「キャサリン」と、チャールズ2世の政略結婚が関係しています。
2人の政略結婚時にポルトガルより贈られたキャサリンの持参金は、イギリスがそれまで抱えていた負債問題を解決できるほど膨大な資金だったと言われています。
持参物はお金だけではなく、インドや北アフリカの領土が含まれていたり、当時貿易の最先端にいたポルトガルだから入手できた「お茶や砂糖」などもあったりしたそう。
紅茶といえばイギリスを連想される人も多いですが、紅茶は「政略結婚によってポルトガル女王が持ち込んだ嗜好品」だったのですね!
キャサリンは持参したお茶の中に、当時大変貴重とされていたお砂糖やスパイスをたっぷりと入れ、ティータイムを楽しむのが日課だったそうです。
そしてその風習はのちにイギリスの紅茶文化を構築する土台にもなり、多くのイギリス人が紅茶にミルクと砂糖を加えるルーツにもなっています。
キャサリン妃の雑学
宮廷で毎日お茶を飲んでいたというキャサリンには、悲しい一説があると言われています。それは、結婚したチャールズ2世の派手な性格。
チャールズ2世はキャサリンと結婚後も生涯にわたって10人以上の愛人を持ち、子どもも沢山もうけていたのだとか…。
チャールズ2世は愛人たちを宮殿に招いたり屋敷を与えたりすることも多く、キャサリンは毎日のように愛人たちと顔を合わせなければいけなかったそうです。
また、ポルトガルから嫁いだキャサリンは英語を話せなかったため宮殿内でも孤立してしまいやすく、加えて夫や愛人たちに対するストレスも並大抵のことではなかったことが想像できますよね。
キャサリンは、そんな辛い毎日を乗り越えるために、日々お茶を飲むようになったと言われています。
キャサリンの苦労を計り知ることはできませんが、幸か不幸か、彼女のそんな姿勢がイギリス中にお茶のブームを巻き起こすきっかけとなったことは事実です。
参考:https://wabbey.net/blogs/blog/catherineofbraganza
オランダ
紅茶が中国からヨーロッパへ持ち込まれた一つのきっかけは、海上貿易が盛んになったことが深く関係していました。
中国からヨーロッパへ海上貿易を行なっていたのはオランダの貿易会社で、当時はイギリスよりもオランダの方がより多く紅茶を入手できる状況にあり、紅茶が普及したのもオランダの方が先でした。
イギリスでは1660年頃からお茶を飲む習慣が広がっていますが、オランダでは1630年頃には喫茶の習慣が根付いています。
しかし、政略結婚によって豊富な資金や貿易拠点となる領土を手に入れたイギリスの国家力はどんどん高まり、オランダの国力は低下して紅茶の主導権はイギリスに移行してしまいます。
「紅茶と言えばイギリス」というイメージを持つ人は多いですが、実はイギリスよりも先にお茶の文化を取り入れていたのはオランダなのでした!
紅茶の起源は中国に自生していた茶の樹に基づく!
中国は紅茶の起源・発祥地と言われることも珍しくなく、世界の中で最も長きにわたってお茶を飲み続けている国でもあります。
しかし、日本ではヨーロッパよりも早くおしゃの文化が根付いていて、独自の「茶道」が発展しています。
また、ヨーロッパのお茶に関する歴史は浅いものの、急速に喫茶文化が発達したり、世界の主流となっている現在の紅茶を作ったりするという特徴もあります。
紅茶の発祥や海外の様々な歴史に想いをはせながら紅茶を飲むと、なんだかいつもより感慨深く感じられるので不思議です。
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